看護師として働いて、もう長い年月が経ちました。
患者さんや家族を支え、職場では周りと協力しながら仕事をする。家に帰れば、両親のことや家族のこともある。
気づけばいつも、「私が頑張らなきゃ」と思いながら走ってきた気がします。
でも先日、これまでの仕事人生でも「ワースト3」に入るくらい、こたえる出来事がありました。
詳しいことは書けませんが、帰り道、「もう辞めたいな」と思うほど落ち込んでいました。
とぼとぼ歩きながら、「こんなにしんどいのは久しぶりやな」と、空を見上げたのを覚えています。
「どうしたん?」と気づいてくれた友達
そんな帰り道、前の部署で一緒だった友達と、偶然ばったり会いました。
私、よっぽど疲れた顔をしていたんでしょうね。
顔を見るなり、
「どうしたん? ご飯でも食べに行かへん?」
と声をかけてくれました。
その日はお礼だけ言って帰ったのですが、そのあと別の友達にも会い、思い切って胸の内を話してみました。
すると、不思議なくらい気持ちが軽くなったんです。
一人で抱えていた時には大きく見えていた悩みが、人に話しただけで少し小さくなった気がしました。
「一人で抱えなくていいんやな」
そんな当たり前のことを、久しぶりに思い出しました。
家に帰ると、息子のごはんが待っていた
くたくたになって帰宅すると、台所に夕飯が用意されていました。
作ってくれたのは息子です。
息子がごはんを作るなんて、半年に一度あるかないか(笑)。
だからこそ、余計に胸にしみました。
何も言わないけれど、きっと私の様子を見ていてくれたのでしょう。
疲れた体に、温かいごはんがじんわり染みました。
親というのは、子どものことを心配してばかりいるけれど、いつの間にか支えられているものなんですね。
母のやさしさに、ふっと力が抜けた
その夜、母から電話がありました。
兄おすすめの「明太パーク」へ行くそうで、
「あんたの好きなクッキー買うてくるわ。」
「おにぎりもお惣菜も買うから、明日はご飯、軽くでええようにしとくね。」
そう言ってくれたんです。
翌日、母は明るい声で「おいで」と迎えてくれ、お土産をたくさん持たせてくれました。
いつもは私が支える側だと思っていた母に、この日は私が支えられていました。
年齢を重ねても、親の愛情って変わらないものなんですね。
「当たり前」の幸せは、案外すぐそばにある
家に帰って、子どもの顔を見た瞬間、ふと思いました。
私には帰る家がある。
家族がいて、一緒にごはんを食べられる。
心配してくれる人がいる。
それって、決して当たり前のことじゃないんだな、と。
職場であんなに大きく見えていた悩みも、不思議と少し小さく見えました。
しんどい日ほど、「今ある幸せ」がくっきり見えるのかもしれません。
支えているつもりが、支えられていた
私はずっと、「私が頑張らなきゃ」と思って生きてきました。
両親のこと。
家族のこと。
仕事のこと。
でも、本当は――
友達に支えられ、
息子に支えられ、
母に支えられていました。
人は一人で生きているようで、実はたくさんの人に支えられながら生きているんですね。
お互いさまで生きている。
そんな当たり前のことを、しんどい夜に改めて教えてもらいました。
読んでくださっているあなたへ
介護でも、仕事でも、毎日気を張って頑張っている方へ。
しんどい時は、誰かに頼ってください。
弱音を吐いてもいいし、助けてもらってもいい。
支える人も、時には支えられていいんです。
ふと周りを見渡すと、”今ある幸せ”は案外すぐそばにあるのかもしれません。
今日は母のおにぎりを食べて、少しゆっくり休もうと思います。
明日はまた、ぼちぼち頑張ります。
人生にはしんどい日もあるけれど、誰かのやさしさに救われる日もある。そのことを忘れずにいたいと思いました。


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