外来化学療法室での1年半。再発がんと向き合いながら、息子の未来を先に整えて旅立っていったある患者さん。看護師として、彼女の生き方から「本当の強さ」を教わった話です。
外来化学療法室で働いていると、いろんな患者さんと出会う。
点滴をしながら、ぽつりぽつりと話してくださる方。 毎回明るく冗談を言ってくださる方。 静かに目を閉じて過ごされる方。
その中に、ずっと忘れられない方がいる。
再発後の治療中、それでも「諦め」がなかった
初めてお会いしたとき、その方はすでに再発後の治療中だった。 手術はできない。抗がん剤で進行を抑えながら、できる限り長く、できる限り自分らしく生きる。そういう段階だった。
でも、その方からは不思議と「諦め」が感じられなかった。
後から少しずつ聞かせてもらった話によると、その方の人生は、ずっと「引き受ける」の連続だったという。
ご主人が事業を始め、軌道に乗りかけた頃、突然倒れた。 気づけば自分がその事業を背負っていた。 死に物狂いで働いて、少しずつ大きくして、やっと人に任せられるようになった——その頃に、自分のがんが見つかった。
「なんでこのタイミングで、って思いましたよ」
そう言いながら、その方は笑っていた。
「行けるときに行く」——限られた時間を自分らしく
治療の合間に、旅行に行かれていた。 副作用の具合を見ながら、行けるときに行く。 「先生と相談しながらうまくやってます」と、いつも前向きだった。
自分に残された時間を、いかに充実させるか。 そのことをいつも考えておられるようだった。
私はその方と、約一年半関わった。
息子を手元から離した、その理由
ある日、息子さんの話になった。
娘さんはすでに結婚して近くに住んでいる。でも息子さんはまだ自宅にいて、付き合っている彼女がいた。
「息子を、彼女と一緒に住まわせることにしたんです」
その言葉を聞いたとき、私は少し驚いた。 病気のお母さんが、息子を手元から離す。普通逆じゃないか、と思った。
「そばにいてほしくないんですか?」と聞くと、その方はこう言った。
「私がいなくなった後のことを考えたら、息子には自分の家族を作っておいてほしくて」
私には息子がいる。 もし自分が同じ立場だったら、どうしただろう。
正直に言えば、そばに置いておきたかったと思う。頼りたかったと思う。
でもその方は逆だった。 自分がいなくなった後の息子の「喪失」を、先に埋めておこうとした。
ご主人を突然失ったあの日の自分のように、息子を一人にしたくなかったのかもしれない。
そこまでは聞けなかった。でも、きっとそうだと思っている。
「向こうにお父さんが待っていてくれているから」
そしてある時、ふとこんな言葉をこぼされた。
「死ぬのは怖くないんです。向こうにお父さんが待っていてくれているから」
その言葉を聞いた時、私は返す言葉が見つからなかった。
ご主人を突然失い、一人で事業を背負い、がんと闘いながらも前を向いてきたその方が、最後にたどり着いたのは、そんな穏やかな場所だった。
最後まで、自分らしく
毎回の来院、その方はいつもおしゃれだった。 どんな体調の日も、きちんと装って来られた。 私達看護師への気遣いも忘れない方で、お話するのがいつも楽しかった。
その方は最後、自宅で旅立たれた。
その知らせを聞いた時、いつになく悲しかった。
何度経験しても、見送ることには慣れない。
それでも、その時は特に、胸が締め付けられる思いだった。
患者さんから教わること
看護師をしていると、患者さんから学ぶことがある。
教科書には載っていない。研修でも教わらない。
「強く生きるとはどういうことか」 「愛するとはどういうことか」
その方は、生き方で教えてくれた。
自分のためでなく、残される人のために決断できること。 そして最後まで、自分らしくいられること。
それが、本当の強さなのかもしれない。
あなたのことを、今も時々思い出します。


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