スマホを開いて、あるアプリを見ていた。
次にあのアプリも確認しないと、と思いながら、今見ていた画面を閉じた。
その瞬間、何をしようとしていたか、完全に消えた。
あれ。何だっけ。さっきまで確かにあったのに。
しばらくその画面を眺めて、思い出せないまま、とりあえずスマホを置いた。数分後に「あ、そうだ」と戻ってきたけれど、それが何回か続くと、さすがに笑えなくなってきた。
物忘れが増えた、とはっきり自覚したのは最近のことだ。
さっき言ったことをまた言う。冷蔵庫を開けて、何を取りに来たか忘れる。人の名前がすぐ出てこない。話しながら「あれ、何て言うんだっけ」と止まる回数が増えた。買い物に行って、ひとつだけ忘れて帰ってくる。メモしたのに、メモしたことを忘れる。
一個一個は小さいことだ。でも積み重なってくると、「これって普通の物忘れ?」と思い始める。
アラ還になるとこういうものか、と思いながら、心のどこかでちょっと怖かった。
父のことが頭をよぎる。
父はもともと、家族の中で一番携帯を使いこなしていた。母よりずっとうまくて、メールをがんがん打っていた。その父が、スマホに替わった頃からだんだん操作できなくなって、今は携帯を触ることもなくなった。
認知症は、ある日突然なるわけじゃない。
看護師として、それは知っている。じわじわと、気づかないうちに進んでいく。できていたことが、少しずつできなくなっていく。本人も、家族も、最初はなかなか気づかない。
だから余計に、「もしかして私も」と思った。
気になって少し調べてみた。
スマホの画面を切り替えた瞬間に目的を忘れる現象には、「ドアウェイ効果」という名前があるらしい。場所や画面が切り替わった瞬間、脳が記憶を区切ってしまう。若い人にも起きるけれど、年齢とともに頻度が上がる。
認知症の物忘れとの違いは、思い出せるかどうか、だという。しばらくしたら「あ、そうだ」と戻ってくるのは、加齢による物忘れ。その出来事ごと消えてしまうのが、認知症の物忘れ。
それを読んで、少しだけほっとした。
看護師として働いてきた年数分、私は「記憶」というものがいかに繊細かを見てきた。同じ病棟で働いていた先輩が、ある日突然「最近物忘れが多くて」とぽつりと言った。その先輩は数年後、早期認知症と診断された。だから余計に、自分ごととして考えてしまう。
でも同時に、「気にしすぎることで余計に疲れる」とも知っている。ストレスや睡眠不足も、物忘れを加速させる原因になる。心配しすぎて眠れなくなる方が、よっぽどよくない。
でも「だから大丈夫」とも言い切れない。そこが正直なところだ。
とはいえ、落ち込んでいても仕方ない。
父を見ていると、「自分には関係ない」とは全然思えない。むしろ、誰にでも起こりうることだと、身近で感じてきた。だからこそ、できることをやろうと思っている。
看護師として患者さんや家族に「早めの受診を」と伝えてきた。自分自身も、気になることがあれば抱え込まずに相談しようと思っている。一人で心配していても答えは出ない。それより、今日できることを一つずつやる方がずっといい。
気になったことはすぐメモする。人と話す機会を減らさない。ちゃんと寝る。よく食べる。たまに笑う。それくらいしかできないけれど、やらないよりましだと思っている。
看護師として患者さんに「生活習慣が大事ですよ」と言い続けてきた。まさか自分がそれを一番言い聞かせないといけない年齢になるとは、正直思っていなかった。
アプリを消した瞬間に目的を忘れるたびに、苦笑いしながら思う。
年を重ねることは、怖いことばかりじゃない。そう思えるようになってきた。
まだ戻ってくる。今日も大丈夫。


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