デイサービスを嫌がっていた父が「明日やな」と言うまで。両親と通所の話

👴 父の認知症

最初は、父ひとりで半日のデイサービスに通っていた。「タバコが吸いたいから半日じゃないと嫌だ」と言い張って。でも帰ってくると、いつもぐったりしている。どうやら真面目すぎて、ずっと運動し続けてしまうらしい。休む、という発想がない人なのだ。

そのうちケアマネさんが「もう少し長い時間いられるところを探してみましょう」と提案してくれた。父は最初、乗り気じゃなかった。「自分は何でもできるのに、なんでそんなところに行かなあかんのか」と、ぶつぶつ言っていた。プライドの高い人だから、その気持ちも分かる。

今は母と二人で、一日のデイサービスへ

でも今は違う。母と二人で、一日のデイサービスに通っている。ケアマネさんが、父の気分転換だけでなく母の息抜きにもなるようにと、二人で行けるところをわざわざ探してくれたのだ。ケアマネさんの存在は、介護をする家族にとって本当に大きい。

今では二人ともすごく楽しみにしている。あれだけ嫌がっていた父が、前日から「明日はデイサービスやな」と言うようになった。人間、やってみないと分からないものだと思う。最初の「嫌だ」を乗り越える後押しがあるかどうかで、その後がこんなに変わるのだ。

習字と塗り絵で、二人とも褒められて帰ってくる

父は習字がうまい。催しのときに上手な作品を貼り出してもらえるらしく、「貼ってもらった」と聞いた。84歳の母は塗り絵が得意で、これもまた「貼ってもらった」と嬉しそうに帰ってくる。その顔を見るだけで、こちらまで嬉しくなる。

最近、母がこんなことを言うようになった。「デイサービスに着ていく服を買いに連れて行って」と。どこどこのお店がいい、と場所まで指定してくる。ちょっとおしゃれをしたいのだろう。そんな母を見て、また嬉しくなってしまった。送迎の車が来るのを二人並んで待っている姿を見ると、なんだかほっとする。

父はそこでもやらかす

もちろん、いいことばかりではない。父はそこでもやらかした。タバコが吸いたくて、一般の人のふりをして喫煙所まで歩いていって怒られたらしい。本人はけろっとしているけれど、スタッフさんは大変だっただろう。頭が下がる。

お風呂の時間は、二人ともなんとなく気が進まないようで、いつも「お風呂なし組」に入っている。その時間、同じくお風呂を断った人たちとおしゃべりするのが楽しいらしい。本人たちが心地よく過ごせているなら、それでいいと思う。

宅配食と、晩酌のあての話

デイサービスに行く日は、ケアマネさんのすすめで宅配食も頼むようになった。お試しから始めたけれど、今は「すごく助かる」と言って続けている。高齢の二人暮らしには、毎日の献立を考えなくていいというのは、想像以上に大きな負担減になる。

ただ、父は昭和の男で、晩酌には必ずあてが必要な人だ。母はそれを、その場で作って出さないといけないと思い込んでいる。出かけていても「お父さんの晩酌を作らないといけないから」と、途中で帰ってしまう。

でも私が見ていると、「今日はちょっと無理」と言えば、父は「わかった」と言うのだ。

母を縛っているのは、長年の歴史

母が縛られているのは、長年積み重なってきた歴史なのだと思う。怒られてきた記憶が、今も母の行動を決めている。考えてみれば、母はずっとそうやって生きてきた。父の機嫌を読みながら、先回りして動いて、自分のやりたいことは後回しにしてきた。それが何十年も続いてきた。頭で「大丈夫」と分かっても、体がそう動いてしまう。そういうものなのだと思う。

デイサービスで塗り絵を褒めてもらって、着ていく服をおしゃれしたくて、嬉しそうに帰ってくる母を見ていると、ここ最近でいちばん「自分のための時間」を過ごせているんじゃないかと思う。誰かのためじゃなく、自分が楽しいからやっている。そんな顔をしている。

遅くなったけれど、それでもよかった。母にも、こういう時間が必要だったんだと思う。少しかわいそうだな、と思う。でも同時に、今からでも遅くない、とも思っている。

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