お父さん、私やん」認知症の父の付き添い受診、8週間に1度の1日

👴 父の認知症

真面目な人だ。昔から、そういう人だった。

8時30分に両親宅に着くと、父はもう玄関の前で待っていた。コートを着て、帽子をかぶって、小さなバッグを手に持って。私の車が来るのを、外で待っていたのだ。約束の時間より、ずっと早くから。きっと、何度も時計を見ながら待っていたのだろう。

4〜5年前まで、父は1人で病院の巡回バスに乗って呼吸器科に通っていた。85歳まで、雨の日も、1人で。その後、認知症の症状が出始めてから、母が付き添いでバスに乗ってくれた。そして1年ほど前から、私が車で連れて行くようになった。それが自然なことのように思えるくらい、時間は静かに流れた。

バスで1人で通っていた父が、今は娘の車で病院へ向かう。

父「ここ、きたことあるなあ」 私「前はお父さん1人で行ってたんやで」 父「そうか。なんか来たことあると思ったわ 笑」

毎回、病院までの道中に、こういった会話が繰り返される。同じやり取りでも、不思議と嫌な気はしない。むしろ、この時間が愛おしくなってきた。

「ご丁寧にありがとうございました」

総合病院の駐車場に車を停めて、受付へ向かう。父がマイナンバーカードの提出にもたついていたので、「ここやよ」と手を添えた。

すると父は私の方を向いて、深々と会釈した。

「ご丁寧にありがとうございました」

そのまま去ろうとするから、思わず言った。

「お父さん、私やん」 「おーお前やったか」

3人で大笑いした。笑いながら、胸の奥がじんとした。娘の顔が分からなくなる瞬間があっても、その丁寧なお辞儀に、父が積み重ねてきた人柄がにじんでいた。何を忘れても、礼儀正しさだけは残っているのだ。

車に戻ると、父がぽつりと言った。

「ありがたいなあ、連れて行ってもらえて」

毎回、そう言う。その言葉を聞くたびに、来てよかったと思う。

🏥 この日の流れ

8時30分に出発、9時から総合病院で呼吸器科と神経内科を受診。お昼前に病院を出てランチへ。13時からはかかりつけのクリニックで、父も母も私も3人一緒に受診する。

その後、薬局に処方箋を出して、夕方に薬が揃ったら連絡が来る。受け取って両親宅に届けて、この日は終わり。

そしてたまに、母が買い物をぶっ込んでくる。「悪いけど」とは言わない。「休みやからあんたも買い物に行くんやろ」と言う。

……まあ、行きますけどね。笑

気づけば夕方。8週間に1度のこの1日、なかなかの1日仕事だ。それでも、まとめて受診を済ませられるよう段取りを組んでおくと、ぐっと楽になる。同じ日に複数の科を回れるよう予約を調整しておくのも、付き添う側の知恵だ。

💊 付き添い受診、やってよかったと思う理由

親の受診に付き添うことで、医師から直接話を聞ける。「最近どうですか」という問いに、認知症の父は正確に答えられないことがある。そこで私が「こういうことがありました」と補足できる。

看護師として、これが大事だと分かっている。家族の付き添いがあるだけで、医師に伝わる情報量が全然違う。普段の様子をメモして持っていくと、より正確に伝えられるのでおすすめだ。食欲、睡眠、気になった言動——些細なことでも、診断の手がかりになる。

そして、私自身が安心するためでもある。医師の話を直接聞いて、今の状態を自分の目で確認する。それがないと、8週間が長く感じる。

母にモヤっとすることは、正直ある。でも同時に、母がしっかりしてくれているから、私は別居のまま仕事を続けられている。それは事実だ。

兄と比べてしまう自分がいる。でも母も、90歳の夫と毎日向き合いながら頑張っている。

介護って、きれいな感情だけじゃない。モヤっとしながらも、感謝もしている。そのどちらも本当のことだ。割り切れない気持ちを抱えたままでいい。それも介護の一部なのだと、最近は思えるようになった。

それでも、父が玄関で待っている姿を見るたびに、また来ようと思える。

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