「今な、娘からの手紙読んでるんや」― 認知症の父とホワイトボード、その後

介護

はじめに

母が入院して、認知症の父と過ごした数日間のことを、前回書きました。

▶ 関連記事:「一人やったら、寂しかったわ」――母が入院して、初めて父と過ごした数日間

母は、一週間で退院しました。

お腹の痛みも引いて、炎症の数値も下がって、「退院してもいいですよ」と言っていただけたからです。

正直に言うと、もう少しゆっくりさせてあげたい気持ちもありました。

でも、私も兄もバテていました。仕事もこれ以上は休めません。父はショートステイに行く気配もありません。

それでも私は、あれが最良の選択だったと思っています。

(母の病気について詳しくは、また別の記事に書きますね)

さて。母が帰ってきて、まだ一週間です。

入院前に作ったあのホワイトボードが、今どうなっているか。短い間ですが、その「その後」の話です。

▶ 関連記事:「優しくしてね」と書いたら ― 認知症の父とホワイトボード作戦

まず、使われなかった欄の話から

いいことばかり書いても仕方がないので、失敗から書きます。

ボードの裏面には、「散歩に行った時間を書く欄」を作っていました。

父は何度も散歩に出かけます。そして、出かけたことを忘れます。だから自分で時間を書いてもらえば、「さっきも行ったよ」と言わなくて済むと思ったのです。

結果は、ほぼゼロ回でした。

一度書いてくれたきりで、それっきり。

実は、作ったときに父自身が言っていました。

「こんなん、できるかなぁ」

できませんでした。でも、それでいいんです。父は正直に言ってくれていたのですから。

分かったこと:「書かせる欄」は続かない

ここで、大事なことに気づきました。

父が読む欄は、ちゃんと機能していました。

父が書く欄は、まったく続きませんでした。

考えてみれば、当たり前なのかもしれません。

「書く」というのは、自分から動く作業です。書こうと思ったことを、覚えていないとできません。

でも「読む」は、目に入れば成立します。忘れていても、そこにあれば読めるのです。

ホワイトボードを買ったけれど続かなかった、という方がいたら。

もしかしたら、書かせようとしていませんか。

読むだけの欄にすると、続くかもしれません。

「月曜日と水曜日やのに、なんで火曜日なん?」

母の入院中、ケアマネジャーさんの計らいで、デイサービスを臨時で増やしていただきました。

ありがたいことです。でも、父にとっては違いました。

「なんで今日行かなあかんのや」

「いつも月曜日と水曜日やのに、なんで火曜日なん?」

説明すると、父は理解します。「そうか、それなら行かなあかんな」と納得してくれるのです。

でも、数分すると忘れます。そしてまた聞きます。

三回目くらいから、こちらの言い方がだんだん雑になっていくのが、自分でも分かりました。

そこで、ボードに書きました。

「お母さんが入院しているので、今週は火曜日もデイサービスです」

次に父が聞いてきたとき、私はこう言いました。

「ホワイトボード、見てみて」

父はボードの前まで行って、しばらく読んで、それから言いました。

「そうか」

それだけでした。

ボードは、疲れない

このとき、はっきり分かったことがあります。

父は、分からない人ではありません。説明すれば、そのつど分かる人です。ただ、覚えておけないだけなのです。

だから、何度でも同じ説明が必要になります。

でも、人が何度も同じことを言うのは、しんどい。言うほうも疲れるし、言われるほうも、だんだん申し訳なくなってくる。

ホワイトボードは、疲れません。

何度読まれても、同じことを、同じ調子で伝えてくれます。怒らないし、ため息もつかない。

私が見つけたのは、記憶を助ける道具というより、何度でも代わりに説明してくれる相手でした。

「スイッチを切らないで」のイラストは、効きませんでした

もうひとつ、失敗の話をさせてください。

父は夜になると、いろいろなスイッチを切ってしまいます。Wi-Fiも、炊飯器も。

タイマーをかけておいた炊飯器を切られて、朝ごはんが炊けていなかったこともありました。

前回の記事で、「スイッチを切らないで」というイラストを貼った話を書きました。あれは、効きませんでした。

なぜ効かなかったのか。今になって、理由が二つ分かりました。

ひとつは、父が困っていなかったから。

父がスイッチを切っても、母がそっと入れ直してくれていたのです。だから父にとっては、切っても何も起きない。何も困らない。

困っていないことを貼り紙で変えるのは、無理だったのだと思います。

もうひとつは、貼りっぱなしだったから。

ずっと同じものが貼ってあると、だんだん景色になってしまうのです。

家の壁と同じです。毎日目に入っているはずなのに、もう見えていない。父にとってあのイラストは、途中から壁の一部になっていたのだと思います。

聞いてみたら、父なりの理由があった

泊まっていたある日、思い切って聞いてみました。

「お父さん、なんでこれ切るん?」

すると父は、こう答えました。

「明日、早う起きた者がスイッチを入れたらええ」

……理由が、あったのです。

もったいないから消す。でも困らないように、朝いちばんに起きた人が入れればいい。父の中では、ちゃんと筋が通っていました。

私はそれまで、「困った行動」だと思っていました。やめさせなければ、と思っていました。

でも、そうではありませんでした。

だったら、それを父の仕事にすればいい。父はこの家でいちばん早く起きるのですから。

「お父さん、じゃあ朝起きたらスイッチ入れるの、お願いね」

父は、ちゃんとやってくれています。

母が帰ってきて――「なんでダラダラしてるんや」

さて、本題です。

退院したばかりの母は、まだ本調子ではありません。前のようには家事ができない。

私は父に伝えました。「お母さん、退院してきたばっかりやから、ゆっくりさせてあげてね」

父は「分かった」と言いました。そして、忘れます。

父は父で、慣れない家事をあれこれやって、疲れてしまう。そして、横になっている母を見て、言ったそうです。

「なんでそんなにダラダラしてるんや」

……母から聞いたとき、胸が痛みました。

父に悪気はありません。忘れているだけです。でも、言われた母は、退院したばかりの体で、その言葉を受け止めなければいけない。

母が説明すると、父は分かってくれるそうです。でも、また忘れる。

父は、それを「手紙」と呼んだ

そこで、ボードに書きました。

お父さんへ

いつも元気に過ごしてくれてありがとう。感謝してるよ。

お母さんは退院してきて間もないから、前みたいに家事ができないけど、ゆっくりさせてあげてね。

二人で仲良く過ごしてね。

これを書いてから、母への言葉はなくなったそうです。

そして、母から聞いて驚いたことがあります。

父はそのボードを読むとき、こう言うのだそうです。

「今な、娘からの手紙読んでるんや」

――手紙。

父にとってあれは、注意書きでも、貼り紙でもなかったのです。娘からの手紙でした。

だから、何度読んでも嫌にならない。だから、素直にうなずける。

父は読んだあと、こう言ってうなずいているそうです。

「そら、そうや。お母さんは退院したばっかりやし、ゆっくりせなあかん」

使ってみて分かった、続くボードの書き方

まだ一週間です。これから変わるかもしれません。

それでも、効いたものと効かなかったものを並べてみると、共通点がありました。

1.書かせず、読ませる

記録欄は続きませんでした。読むだけの欄が残りました。

2.貼りっぱなしにしない

ずっと同じものが貼ってあると、景色になってしまいます。

だから、たくさん書かないほうがいいのだと思います。今いちばん必要なことだけを書いて、その都度、書き換える。 増やすより、減らして入れ替えるほうが目に入るようです。

3.宛名から始める

「お父さんへ」と書くだけで、指示ではなく手紙になります。

4.用件より先に、ありがとうを書く

「いつも元気に過ごしてくれてありがとう」が先。そのあとにお願いを書く。順番を逆にすると、たぶん読んでもらえません。

5.「なぜ」を書く

「ゆっくりさせてあげて」だけでは、父は納得できません。「退院してきて間もないから」という理由があるから、「そら、そうや」になるのです。

6.否定形にしない

「怒らないで」ではなく「ゆっくりさせてあげてね」。同じことを言っていても、受け取り方がまるで違います。

7.定位置に置く

うちは、父がいつも座っている座椅子のすぐ横に置いています。壁に大きく掛けるより、座ったときに自然と目に入る高さのほうが、読んでもらえました。

玄関に貼ったものは、見てもらえませんでした。

8.本人が困っていないことは、書いても変わらない

スイッチの話がそうでした。こういうことは、貼り紙ではなく、別のやり方を探したほうが早いのだと思います。

二人が、待っていた

ここまで工夫の話ばかり書いてきましたが、いちばん嬉しかったのは、実はそこではありません。

母の退院が決まったとき、父は、その日を心待ちにしていました。

そして母もまた、家に帰ることを喜んでいました。

九十年近く生きて、何十年も一緒にいて、それでもまだ、相手が帰ってくるのを待っている。

ホワイトボードがしたことは、たぶん、そんなに大きなことではありません。

もともと二人の間にあったものを、少しだけ通りやすくしただけなのだと思います。

外から見ると、違って見える

実は、こんな電話もありました。

「お父さんをショートステイに入れてでも、お母さんをゆっくりさせなさい」

親戚からでした。

母を心配してくれてのことです。ありがたいことだと思います。

ただ、その方は父の今の様子も、うちの事情も、詳しくはご存じありませんでした。だから、こちらの状況を説明しました。話せば、分かってくださいました。

介護をしていると、外からいろいろな言葉が届きます。

どれも善意です。でも、外から見た景色と、毎日その家にいる人が見ている景色は、違うことがあります。

言われたときは、少し揺れました。私の判断は間違っていたのかな、と。

でも今は、こう思っています。

決めていいのは、毎日そこを見ている人です。

説明できるなら、説明する。分かってもらえたら、それでいい。分かってもらえなくても、うちにはうちのやり方があります。

おわりに

ホワイトボードを作ったときは、父の記憶を助けるためのつもりでした。

でも母が帰ってきた一週間を見ていると、いちばん助けられていたのは、だったのかもしれません。

そして私自身も、同じことを何度も言わなくてよくなりました。

認知症の家族に、同じことを何度も説明して、少し疲れている方がいたら。

責めない言葉で、理由を添えて、宛名をつけて、目に入る場所に置いてみてください。

うちの父は、それを「手紙」と呼んでくれました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました