認知症の父が誕生日会でレモンをガブっと——思わず笑えた日のこと

👴 父の認知症

今日は息子の誕生日だった。

実は以前にも、息子がバイト代を貯めて家族を焼肉に招待してくれたことがあった。7時から予約してくれていたのだけど、その日は兄を誘いそびれてしまったり、母が「7時からじゃお父さんにはちょっとしんどいわ、やめとこか。2人で行っておいで」と言い出したりで、結局その日は流れてしまった。

だから今回は、みんなで事前に話し合って5時半の予約にした。夕方早めなら父も無理がない。息子も「今度こそ」という気持ちだったと思う。

私と息子、両親、それから兄の5人。久しぶりの家族全員での外食で、お会計は母が奢ってくれるという。なんともありがたい話だ。

お店に入って席に着く。煙がもうもうとした、にぎやかな店内。タン塩、カルビ、ハラミ……メニューを開いて、いつものように食べたいものを選ぶ。父も機嫌よさそうに座っていて、「こりゃうまそうだ」なんて言っている。こういうとき、父はとても楽しそうに見える。

レモンをガブっと

最初のお肉が来るまでの間、テーブルには薬味が並んでいた。レモン、塩、ネギだれ。焼き上がったタン塩にレモンを絞るために置いてあるもの、だ。

お肉が焼けてきた頃、ちょっと目を離したすきに……父がレモンをひと切れ、そのままガブっとかじっていた。

「おじいさん!!!」

思わず声が出た。

レモンをそのままかじっている父は、少しだけ顔をしかめながらも、何事もなかったように。周りにいた家族みんながぽかんとして、次の瞬間、笑いが広がった。

でも私の胸の中には、笑いと一緒に、なんとも言えない重さが残った。

ああ、ここまで分からなくなってきているんだ、と。

父は元気に見える。笑うし、しゃべるし、焼肉も大好きだ。でも日常の細かいことが、少しずつ、少しずつ、こぼれ落ちていく。こういう場面に出くわすたびに、看護師の私でも、胸がちくっとする。仕事で認知症の方に接するのと、自分の親のこととでは、やっぱり違う。頭では分かっていても、どこかで「まだ大丈夫」と思いたい自分がいる。

アイスが来ない

食事が終わりに差し掛かったころ、「デザートどうする?」という話になった。お父さんに「何か食べる?」と聞いたら、「もうお腹いっぱいだからいらないよ」とはっきり答えた。

わかった。じゃあ他のみんなの分だけ頼もう。アイスクリームとかき氷をそれぞれ注文して、しばらく待った。

デザートが運ばれてくると、父の前だけ何もない。

「えっ、みんなだけ?自分はないの?」

さっきの会話が、きれいに消えていた。

きょとんとした顔を見て、私は笑いながら母に目くばせをした。「半分こね」とお母さんがアイスを差し出し、私は慌てて追加注文をした。父は「ああ、わるいね」とにこにこしながらアイスを食べていた。

追加で頼んだアイスが来る頃には、本人はそのことをもう忘れていたかもしれないけれど。

こういうことが、最近増えてきた

ちょっとしたことが分からなくなる。さっき決めたことを忘れる。それでも父は笑っているし、家族といる時間を楽しんでいる(ように見える)。

看護師として、認知症の方をたくさん見てきた。「病気の進行はこうなる」「こういう場面では本人も不安を感じている」——そういうことは、知識として知っている。でも、いざ自分の親のこととなると、知識より先に感情が来る。なんでこんなことも分からなくなったんだろう、って。

そして同時に思う。こうやって一緒に焼肉を食べに来られていること。父が美味しそうにお肉をほおばっていること。笑っていること。

それが、今の幸せなのかな、と。

完璧な父じゃなくていい。全部覚えていなくていい。今日みたいな時間が積み重なっていくことが、きっと大切なんだと思う。


息子の誕生日に、家族みんなで焼肉を食べた。父がレモンをガブっとかじって、みんなで笑った。アイスが来たとき父がきょとんとした顔をして、また笑った。

それだけのことが、なんだかとても大事な一日に思えた。

帰りの車の中で、母がぽつりと言った。

「楽しかったね。毎月、こういうのしていこうか」

倹約家の母がそう言った。それだけで、今日がどんな一日だったかが伝わる気がした。

息子は2年後には就職で、どこに住んでいるかわからない。だから息子と2人で、「実行しようね」と話した。来月も、また5人で焼肉に行こう、と。

ちなみにその場で「あ、これブログに書こう」と思ってしまった私は、きっとブログ病だと思う(笑)

同じような状況で、ご両親の介護や認知症と向き合っている方へ。大変なことも、しんどいことも、たくさんある。でも今日みたいな、思わず笑ってしまうような瞬間も、ちゃんとある。一緒にぼちぼちやっていきましょうね。

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