笑っていいのか、泣いていいのか。認知症の親と過ごしていると、そういう瞬間が不意にやってくる。
息子の彼女は、一人暮らしでちょくちょくうちに泊まりに来る。とても人懐っこい、可愛い子だ。先日、遊びに来ていた彼女がブログを読んでくれて、「こんなことありましたよね」と話しかけてくれた。そのとき思い出したのが、去年の夏の話だ。
浴衣を着て、準備万端で実家へ
マンションでは花火ができないからと、実家の庭を借りることにしたらしい。彼女は浴衣を着て、息子にも男物の浴衣を着せて、二人で夏の夜を楽しむ気満々で実家へ向かった。
父は「ろうそくがいるな」と気を利かせて、ちゃんと用意して待っていた。その気遣いは、昔のままだった。若い二人が来るのが嬉しかったのだろう。そこまでは、ほほえましい話だ。
防犯カメラに映っていたもの
その夜、私は夜勤中だった。休憩の合間にふと、そういえば今夜息子たちが実家で花火をするって言ってたなと思い出して、実家に設置した防犯カメラを開いてみた。
なんか、おじいさんが両手に花火を持っている気がする。
気のせいかと思った。でも確かに両手だった。
両手にがんがん、だったらしい
翌日、息子に聞いたら「そうなんよ」とあっさり教えてくれた。父が楽しくなってしまって、両手にどんどん火をつけて、二人の花火をどんどん使ってしまったらしい。せっかく浴衣で来たのに、彼女はゆっくり楽しめなくて、ちょっと落ち込んでいたと。
笑っていいのか困った。
だって父は、もともと花火ではしゃぐ子供に「危ないぞ」と言うタイプの人だったから。その父が、両手に花火を持ってがんがん。花火を買いに走ることも、子供たちに混じってはしゃぐこともなかった、あの父が。
彼女が笑って話してくれた
その後、お詫びに三人でご飯を食べに行った。もちろん私の奢りで。
彼女は「のんびり線香花火を二人で楽しみたかったんですけど、おじいちゃんのおかげで、そういう雰囲気は微塵もなく終わりました」と、笑いながら話してくれた。浴衣を着て、ろうそくまで用意されていて、それなのに主役はおじいちゃんだったと。
根に持つタイプじゃない。それがまた救いだった。むしろ、いい思い出として話してくれているのが伝わってきた。
父はたぶん、あの夜のことを覚えていない。でも花火が楽しかったこと、若い二人が来てくれて嬉しかったこと、その気持ちは体のどこかに残っているんじゃないかと思っている。
記憶はなくても、その夜確かに父は楽しそうだった。防犯カメラの小さな画面の中で、両手に花火を持って。


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