今年いっぱい家におれるかな」——母がぽつりと言った言葉と、花を買いに行った午後

👴 父の認知症

チロンのトリミングの待ち時間のはずが、予定変更で不安な気持ちで実家に向かっていた。

その日は午後からチロンのトリミングでした。17時のお迎えまで時間があったので、近くの「旬の駅」でのんびり食材を見ていたんです。久しぶりに自分のペースで過ごせる時間だなあ、このあと服も少し見ようかな、なんて思っていたら。

母から電話がかかってきました。

「電話も電子レンジも炊飯器も、全部動かへん」

「今どこにいるの」から始まって、父がコンセントをいじってから電話も電子レンジも炊飯器も、全部スイッチが入らなくなったと言う。買い物を中断して、実家へ向かいました。

トリミングの動物病院まで30分かかる場所にいたのに、そこから実家にまた30分。一体何が起きているんだろうと思いながら車を走らせました。

やむを得ず予定変更、笑えない。でも、ほっておけない

実家に着きコンセントを確認したら、思わず笑ってしまいました。

延長コードを、延長コード自身のコンセントに挿していたんです。いろんな家電が繋がっているのに、その延長コード自体が電源に繋がっていない。そりゃ何も動かないはずです。

なんでこんなことに、と思いながらも、母の様子が気になりました。普段の母なら、きっと自分で解決できていたと思う。でも今日は違った。

朝5時から、魚が丸焦げになっていた

聞けば、今朝も大変だったらしい。朝5時に父が起きてガスコンロで魚を焼き、そのまま2階に上がってしまった。魚が丸焦げになる匂いで目が覚めたと言う。

「それを止めるのは、もう私には無理や」

そう言いながら、母は頭がいっぱいで、コンセントのこともどうしたらいいか分からなくなっていたと。一つひとつは小さなことでも、積み重なると人はそうなる。それが痛いほど分かるから、責める気にはなれませんでした。

「今年いっぱい、家におれるかな。公的な施設を考えようかと思って」

母がぽつりと言いました。

電源が戻ったら、二人とも大喜びだった

延長コードを正しく繋ぎ直したら、あっさり全部動きました。それだけのことなのに、父も母も本当に嬉しそうで。

「いやー、もうこんなん、どうしても分からんかったわ」

父がそう言って、場が一気に和みました。さっきまで施設の話をしていたのに、電源が戻った途端に二人ともほっとした顔になって、笑い合っている。

「花を買いに行きたい」と母が言い出して、近くのお店で庭に植える花を選んで、実家に送り届けました。

チロンのトリミング待ちのはずが、なんだかんだで慌ただしい一日になりました。

でも最後に花を選ぶ母の顔を見たら、まあいっか、と思えた。施設の話も、ガスコンロのことも、全部抱えながら、それでも花を買いに行く。そういう人たちなんだよな、と思いながら帰り道、チロンを迎えに行きました。

ふわふわになったチロンは、それはもう可愛かったです。

帰り道、ガスコンロのことがずっと頭に残っていました。今朝みたいなことがまた起きたら——次はもっと大事になるかもしれない。コンセントの件は笑って終われたけれど、ガスは笑えない。火事になったら、取り返しがつかない。延長コードすら分からなくなってきたお母さんに、ガスを任せていていいのか。母一人では、もう限界が来ている。この夜、スマホで何かできることを調べ始めました。

「今年いっぱい家におれるかな」

その言葉が、ずっと頭に残っている。

母はいつも気丈だ。弱音をあまり言わない。
だからこそ、ぽつりとこぼれたその一言が重かった。

在宅介護は、本人だけでなく、
そばにいる家族をも少しずつ削っていく。
母が花を買いに行ったのは、
自分のために、小さな余白を作りに行ったんだと思う。

それでいい。
お母さん、自分のことも大切にしてほしい。

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