毎朝、出勤の車の中で母に電話をかける。安否確認を兼ねて、帰宅時にも。
電話に出た母は、たいていこう言う。
「大変やわ。昨日ね、お父さんと散髪屋に行こうとしたんやけど、場所が思い出せんくて、ウロウロしてクタクタになって、結局散髪せずに帰ってきたんよ」
私は「そうやったんや、大変やったね」と返しながら、心の中で思う。
**これは、治らない。**
看護師として、私は知っている。
認知症による記憶障害は、回復するものではない。進行を緩やかにすることはできても、「元に戻る」ことはない。
でも母は、今もそう信じていない。
「ちゃんとリハビリしたら良くなるんちゃうの」「気をつけたら思い出せるんとちゃうかな」
悪気はない。ただ、受け入れられないのだ。90歳まで一家を支えてきた夫が、道を忘れて帰ってくる現実を。
**家族が「現実」を受け入れるまでには時間がかかる**
認知症の家族を持つ方に、まず知っておいてほしいことがある。
**家族が現実を受け入れられないのは、当然のことだ。**
長年連れ添ったパートナーが変わっていく。それを「治らない」と認めることは、とても苦しい。母を責めることは私にはできない。
ただ、現実を受け入れないまま接し続けると、**介護する側が消耗していく。**
「なんでこんなこともできないの」「昨日言ったじゃない」——そう言いたくなる気持ちは分かる。でもそれは、本人には届かない。
**私が母に伝えていること**
母への電話で、私はこう言うようにしている。
「お父さんを責めんといてな。悪いんと違うから」
「散髪屋に行けんかったのは仕方ない。また今度でいいよ」
母は難聴で、私の声のトーンが聞き取りにくいこともある。補聴器を勧めても「私には必要ない」と言う。だからついつい大きな声になる。
そして最後に母はこう言う。
「あんたはきついなあ」
…笑うしかない。
看護師として正しいことを伝えようとするほど、娘としての距離が開いていく気がする。それが、母との関係のむずかしさだ。
完璧な対応なんて、できなくていい。
それでも明日も、出勤の車の中から電話をかける。毎朝声を聞いて「今日も元気やな」と確認できることが、今の私にできる一番のことだから。
認知症は、少しずつ「できること」を奪っていく。
散髪屋に行けなくなったのも、その一つ。
本人が一番、わかっているかもしれない。
だから私にできることは、
できなくなったことを嘆くより、
今できることを一緒に楽しむことだと思っている。
次に散髪に行くときに、また考えよう。
それでいい。


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