介護をしていると、しんどいのは体力だけではありません。
いちばん心が疲れるのは、実は「家族とのすれ違い」だったりします。
今回書くのは、母が退院して初めての外来受診の日にあった出来事です。
事件でもなければ、ケンカでもありません。
はたから見たら「よくある話」で終わる、小さなすれ違い。
それでも私にとっては、しばらく胸に残る一日になりました。
同じように、家族に対してモヤモヤした気持ちを抱えたことのある方に読んでいただけたらうれしいです。
仕事を休んで、付き添うつもりでした
母が退院して、初めての受診の日。
兄が父と母を乗せて実家を出発し、私のマンションに寄る。
そこから4人で病院へ向かう。
そういう約束でした。
そのために私は仕事を休みました。
休めば、その分どこかで誰かにしわ寄せがいきます。
それでも「母の退院後初めての受診だから」と、前もって調整して空けた一日でした。
それに、その日は父も一緒でした。
認知症の父は、待つのが得意ではありません。
「まだか、まだか」となってしまったら、私がどこかへ連れ出せばいい。
そもそも、全員で診察室に入る必要のある日でもありませんでした。
母には兄が付き添って、私は父を見ている。
私の頭の中では、そういう一日になるはずだったのです。
そして、これは誰にも言っていなかったのですが。
受診が終わったら、帰りにみんなでご飯かお茶でもできたらいいな、と密かに思っていました。
母が退院して、久しぶりに家族がそろう日でしたから。
朝はその時間に合わせて準備をして、チロン(16歳の老犬です)のお世話をして。
「まだ少し時間があるな」と思っていた、朝7時40分ごろ。
母から電話がかかってきました。
「お兄ちゃんが、早く行ったほうがいいって言うから、もう出ることになったよ。」
一瞬、頭が真っ白になりました。
私はまだパジャマ姿。
チロンのごはんも終わっていません。
8時半に迎えに来てくれるつもりでいたので、どう考えても間に合いません。
「あとで追いかけるね。」
そう言うのが精いっぱいで、電話を切ってから慌てて支度を始めました。
追いかけても、もう私の出番はありませんでした
急いで病院へ向かっている途中、兄からLINEが届きました。
「診察終わって、会計待ち。」
会計なら、まだ合流できる。
そう思って病院に着いたのに、会計にはだれもいません。
「どこにいるの?」と聞くと、返ってきたのは、
「検査の説明があるから、まだ診察室の前。」
……それなら、最初からそう書いてほしかった。
車もまた停め直さなければいけない。
そう思った瞬間、朝からずっと張りつめていたものが、ぷつんと切れてしまいました。
「もう帰るね。」
そう伝えて、私は病院をあとにしました。
「今日は、何のために休んだんだろう」
帰り道は、なんとも言えない気持ちでした。
仕事を休んで、予定を空けて、朝から急いで。
それなのに、結局なんの役にも立てなかった。
兄は母のためを思って早く動いてくれたのだと思います。
それは分かっているんです。
責めたいわけでもありません。
でも――
「時間を早めようと思う」
その一言さえあれば、私はこんな気持ちにならなかったはずなのです。
追い打ちをかけるように、そのあと兄からもう一通。
「市役所へ行って、要介護認定の区分変更の手続きもしてくる。」
私はそのとき初めて、今日、市役所へ行く予定があったことを知りました。
自分だけが、話の輪の外にいる。
そんな気持ちになりました。
すれ違いの正体は「情報のズレ」でした(看護師として思うこと)
少し落ち着いてから考えてみて、私はこれを「兄が冷たいから起きたこと」ではないな、と思うようになりました。
起きていたのは、情報のズレです。
私はこれを、仕事でもよく見ています。
病院では、患者さんの状態や予定を、看護師同士が交代のたびに「申し送り」します。
どんなにベテランでも、この申し送りが一つ抜けると現場は混乱します。
悪気があって抜けるのではありません。
目の前のことに一生懸命な人ほど、報告が後回しになるからです。
兄もまさにそれでした。
母のために「早く行こう」と動いた。
市役所の手続きも「ついでにやってしまおう」と考えた。
行動している人の頭の中では、その判断はもう「決まったこと」になっています。
でも、その場にいない私にとっては、知らされていない=存在しないことなんです。
そしてもうひとつ。
置いていかれたときに感じるあの気持ちは、単なる怒りではないと思います。
「私はこの家族の中で、必要とされていないのかな」
そこに触れてしまうから、あんなに苦しいのだと思います。
介護は、体を使う仕事であると同時に、「私はちゃんと役に立てている」という気持ちで続けていくものでもあります。
だから、役割を外されたように感じた日は、想像以上にこたえるのです。
そして、これは自分にも返ってくる話でした。
私は「帰りにご飯でも」を、誰にも言っていませんでした。
胸の中で楽しみにしていただけ。
期待は、口に出さないと予定になりません。
どちらが悪いという話ではなくて、お互いに、頭の中にあることは相手には見えていないのだと思います。
うちで決めた、小さなルール
この日をきっかけに、「気をつけようね」だけでは同じことが起きると思いました。
気持ちの問題にせず、仕組みにしてしまうほうが、うちの家族には合っています。
私が意識しているのは、この4つです。
- 予定が変わったら、理由はいらないので「変わった」とだけ流す
「早く出ることにした」の一行で十分。説明を求めないと決めておくと、送るほうも気楽です。 - 合流場所を、先に決めておく
病院は、診察室前・会計・駐車場と、待つ場所がいくつもあります。「終わったら○○で」と最初に決めておくだけで、あの日のすれ違いは起きませんでした。 - 役割をざっくり分ける
付き添い、手続き、買い出し、泊まり。全部を全員で共有しようとすると、かえって抜けます。「今日は誰が主担当か」だけをはっきりさせます。 - 決まったことは、家族全員が見える場所に置く
うちはリビングにホワイトボードを置いていて、父の予定もそこに書いています。人づてに聞くと感情がついてきますが、書いてあるものを読むだけなら、不思議とすっと入ってくるんです。
「言わなくても分かるはず」を手放すこと。
それが、介護をしている家族にはいちばん効くと思っています。
▶ 関連記事:「優しくしてね」と書いたら ― 認知症の父とホワイトボード作戦
[メモ]要介護認定の「区分変更」について
この日に出てきた区分変更申請についても、簡単にまとめておきます。
私自身、入院や退院のあとに動くことが多い手続きです。
- どんなとき? 退院後や状態の変化などで、今の要介護度が実情に合わなくなったとき。認定の有効期間の途中でも申請できます。
- どこへ? お住まいの市区町村の介護保険の窓口です。ケアマネジャーさんや地域包括支援センターに代行してもらうこともできます。
- どうなる? 認定調査と主治医意見書をもとに審査され、結果は原則として申請から30日以内に通知されます。
- 効力は? 認定の効力は申請日にさかのぼって発生します。結果を待っている間もサービスを使えるのはこのためです。
- 有効期間は? 区分変更後は原則6か月(状態により3〜12か月の範囲で設定されます)。
細かい運用は自治体によって違いがあります。
実際に動くときは、担当のケアマネジャーさんか市区町村の窓口で確認してくださいね。

気持ちを切り替えて過ごした一日
さて、話を戻します。
モヤモヤしたまま一日を終えるのは、あまりにもったいない。
「せっかく仕事を休んだんだから、有意義に過ごそう。」
そう気持ちを切り替えました。
平日にしか行けない果物屋さんへ行って、旬のいちじくとぶどうを買いました。
それから、前から気になっていたフードロスのお店へ。
賞味期限が近いものや、パッケージが変わって行き場をなくした食品を、うんと安く売っているお店です。
捨てられてしまうはずだったものを買う。
なんだか、その日の自分と重なるようで、妙にうれしくなりました。

抹茶ストロベリーのチョコレートと、キットカットのハート柄。
どちらもかわいくて、思わず手が伸びました。


賞味期限を見ると、まだ2週間以上あります。
ひとりで食べきれる量ですし、これで捨てられずにすむのなら、こちらこそありがとうという気持ちです。
おまけ:弾性ストッキングが1足500円
そして、この日いちばんの戦利品がこれでした。

看護師用の弾性ストッキング(ハイソックス)が、1足500円。
定価の、なんと4分の1です。
うれしくなって、2足買いました。
以前こちらの記事で弾性ストッキングのことを詳しく書きましたが、これは足首19hPaのしっかりしたタイプです。
▶ 関連記事:【元コンダクターの看護師が解説】足のむくみと弾性ストッキング ― 父の日に贈って気づいたこと
立ちっぱなしの日の夕方、足の重だるさがぜんぜん違います。
思わぬところで、自分の仕事道具が4分の1のお値段で手に入りました。
なお、弾性ストッキングは足を締めつけるものなので、糖尿病や動脈の病気がある方は、自己判断せずに主治医に相談してから使ってくださいね。
実家に寄って、果物を冷蔵庫に入れて帰りました。
あとで兄たちの居場所を知ると、どうやら食事をしていたようでした。
……そう、私が朝、密かに楽しみにしていたことでした。
みんなでご飯を食べて帰る。
その輪の中に、私だけがいませんでした。
言っていなかったのだから、兄が気づかなくて当たり前です。
それでも、「一緒にどう?」の一言がほしかったな、という気持ちは残りました。
残ったけれど――
その出来事を、少し離れたところから見られるようになった自分もいたのです。
冷蔵庫にいちじくを入れて帰ってきた私は、たしかにその日、母のために何かをしていました。
思いどおりにいかない日は、自分を大切にする日に
介護をしていると、予定どおりに進まない日はたくさんあります。
そんな日は、「役に立てなかった」と自分を責めるのではなく、
「今日は、自分の時間を過ごす日だった」
そう考えてみるのもいいのかもしれません。
介護は短距離走ではなく、長距離走です。
ずっと全力で走り続けることはできません。
だから私は、あの日のことを「何もできなかった一日」ではなく、「気持ちの切り替え方を覚えた一日」と思うことにしました。
家族の誰かが悪いわけではありません。
ただ、少しだけ言葉が足りなかったり、タイミングが違ったりしただけ。
だからこそ、「相談するね」「ありがとう」の一言は、本当に大きいのだと感じています。
もし今、家族とのすれ違いに疲れている方がいたら、お伝えしたいです。
その日は、自分を責めなくて大丈夫です。
深呼吸をして、自分のための時間をつくること。
それも、介護を長く続けていくために必要な用事のひとつなのだと思います。


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