母の腹痛に、1か月気づけなかった――看護師の娘が経験した大腸憩室炎

💉 看護師の日常

はじめに

先日、「一人やったら、寂しかったわ」――母が入院して、初めて父と過ごした数日間という記事を書きました。

あの記事の中で、私はこう書いています。

詳しい病気については、また別の記事で書こうと思います。

今回は、その約束の記事です。

母の病名は、大腸憩室炎(だいちょうけいしつえん)でした。

看護師をしている私が、実の母の痛みに1か月も気づけなかった話。休日の受診で迷った話。そして、憩室炎という病気のこと。

同じように親御さんのことが気になっている方に、少しでも届けばと思って書きます。


病室のベッドの母と、椅子に座って話しかける看護師の娘の水彩イラスト

1か月、気づけませんでした

母のお腹が痛かったのは、入院する1か月ほど前からでした。

私がそれを知ったのは、ずっとあとのことです。

私は毎日、朝と晩に電話をしていました。 仕事の行き帰りの車の中から、「今日どうやった?」「変わりない?」と。たまに実家にも顔を出していました。

それなのに、気づけなかったのです。

母は昔から、痛みに強い人です。「マッサージしたら治るから」「そのうちようなるやろ」と、自分でも何の痛みか分からないまま、様子を見ていました。

母にしてみれば、隠していたつもりはなかったのだと思います。言うほどのことじゃないと思っていたのでしょう。

でも私は看護師です。それでも気づけませんでした。

電話で「変わりない?」と聞けば、母は「変わりないよ」と答えます。その言葉を、私はそのまま受け取っていました。

今なら分かります。「変わりない?」は、聞いているようで、聞けていない質問でした。


祝日の月曜日、実家のベッドで

気づいたのは、祝日の月曜日のお昼でした。

実家に行くと、いつもは台所か洗濯物のところで動き回っている母が、ベッドで横になっていたのです。

母が昼間に寝ている。それだけで、ただごとではないと思いました。

「どうしたん?」

「夜中からまた痛くてなぁ……」

つらそうな表情でした。そこでやっと、1か月続いていたことを聞かされました。

祝日でしたが、すぐに受診させることにしました。これだけは、あとから振り返っても間違っていなかったと思います。


休日の受診で、迷ったこと

ここから先は、私の反省も含めて書きます。

最初に頭に浮かんだのは、自分が働いている病院でした。勝手も分かるし、顔見知りの医師もいます。

でも事務の方に確認すると、こう言われました。

「先生が今から処置に入られるので、救急の対応は2時間ほどお待たせすることになります」

2時間。

普段なら待ちます。でもその日は、認知症の父も一緒でした。父は待てません。じっと座って2時間過ごすことは、今の父には難しいのです。

悩んだ末、母が「もう、どこでもいいから早く診てほしい」と言ったこともあって、別の病院を受診しました。

そこで撮ってもらったCTが、あとになって効いてきます。ただ、その日は診断まではつきませんでした。祝日で、専門の医師がいなかったのです。

「明日、消化器内科の予約を取っておきますね」

そう言われて、その日は帰宅しました。診てもらえるのは、翌日の火曜日です。

ここで学んだこと

あとから振り返って思うのは、土日祝日の受診は、平日とは体制が違うということです。

これは、どの病院が悪いという話ではありません。当直や日直の体制で回している以上、当然のことです。私自身、病院で働いていて分かっているはずのことでした。

それでも、いざ家族のこととなると、頭から抜けてしまうものなんですね。

  • 休日は、専門の科の医師がいないことがある
  • 検査はできても、その場で診断まで至らないことがある
  • かかりつけがあるなら、休日診療の体制を先に知っておくと迷わない

母のことがあってから、私は父のかかりつけについても、休日はどうなるのかを確認するようになりました。


夜中の救急車。それでも、診断はつかず

その日の夜中でした。

母の痛みが強くなり、救急車を呼びました。

搬送されたのは、また別の病院です。エコーなどの検査をしてもらいましたが、「今すぐ手術が必要な状態ではない」という判断でした。

「もともと予約が入っている病院で、そのまま診てもらってください」

そう言われて、また帰宅しました。

母も、私も、疲れていました。痛いのに、原因が分からないまま帰る。 これがどれだけ心細いことか、患者さん側になって初めて分かりました。

看護師として、私は今まで何度も「様子を見て、明日また来てくださいね」と説明する側にいました。あの言葉を受け取る側の気持ちを、私はちゃんと想像できていたでしょうか。


火曜日、ようやく消化器の先生に

火曜日、予約していた消化器内科を受診しました。

前日に撮っていたCTと、あらためての診察。ここでようやく、大腸憩室炎という診断がつきました。

そして、先生からこう言われました。

「微妙なところですね。おうちで様子を見ることもできますし、入院して絶食で治すこともできます。 どうされますか?」

判断を委ねられたのです。

私が「入院」を勧めた理由

正直、迷いました。

母が入院すれば、認知症の父を一人にできません。 兄と交代で泊まるにしても、仕事もあります。家のこともあります。

でも私は、入院をお願いしました。

理由は、はっきりしていました。

家に帰ったら、母は絶対に無理をする。

痛くても、動きます。父のご飯を作ります。洗濯をします。「じっとしとき」と言っても、母は聞きません。90歳の父の世話をしているのは母なのですから、休みようがないのです。

それなら、病院で強制的に休ませてもらったほうが、早く治る。

家族の都合だけを考えたら、家で様子を見るほうが楽でした。でも母の体のことを考えたら、答えは入院でした。

母も、「入院して早く治すわ」と言ってくれました。


入院中、父のごはんをどうしたか

母が入院して、まず困ったのが父の食事でした。

普段、両親は月曜と水曜のデイサービスの日だけ、配食のお弁当を頼んでいました。それ以外の日は、母が作っていたのです。

その母がいません。

兄と交代で泊まるとはいえ、毎食作りに通うのは現実的ではありませんでした。仕事もあります。私には自宅のことも、愛犬のお世話もあります。

そこで、お弁当を毎日に切り替えてもらいました。

これが、思っていた以上に大きかったです。

「今日のごはんはどうしよう」を考えなくていい。それだけで、頭の中の荷物がひとつ減りました。父も、いつも食べているお弁当なので、抵抗なく食べてくれました。

介護をしていると、つい「家族が作らなければ」と思ってしまいます。でも、頼れるものには頼っていい。配食は、ちゃんとした介護の手段のひとつです。

すでに週に数回使っている方なら、回数を増やせないか相談してみる。これは覚えておいて損はないと思います。


大腸憩室炎って、どんな病気?

ここからは、看護師として少し説明させてください。

憩室(けいしつ)とは

大腸の壁の一部が、外側に袋状に飛び出したものです。イメージとしては、腸の壁にできた小さなポケットのようなもの。

これがあること自体は、病気ではありません。「大腸憩室症」といって、年齢とともに増える傾向があり、高齢の方には珍しくないものです。健康診断の大腸検査で「憩室がありますね」と言われたことのある方も多いと思います。

憩室炎とは

その憩室に炎症が起きた状態が、大腸憩室炎です。

腹痛、発熱、吐き気、便通の変化などがみられることがありますが、症状の出かたも、痛む場所も、人によって違います

母の場合は、腹痛が出たり治まったりしながら、1か月ほど続いていました。

治療は、状態によって違います

母の場合は入院して、

  • 絶食(口から何も入れない)
  • 点滴(水分と栄養を補う)
  • 抗菌薬

という治療を受けました。腸を休ませるという考え方の治療です。

ただし、憩室炎の治療は炎症の程度や合併症の有無によって変わります。外来で治療できることもあれば、膿がたまったり穴があいたりして、処置や手術が必要になることもあります。

同じ「憩室炎」という名前でも、どう治療するかは一人ひとり違います。ここは医師の判断に従うところです。

母は幸い、この治療で症状が改善し、少しずつ食事を再開して退院することができました。


退院してからの食事――お粥と、冷凍と、買い足しと

じつは、大変だったのは退院してからでした。

絶食のあとの腸は、まだ本調子ではありません。いきなり普通のごはんには戻せないのです。父のお弁当のようなおかずは、母にはまだ食べられませんでした。

そこで私がしたのは、こんなことです。

2日に1回、6食分のお粥を届ける

お粥を炊いて、2日に1回、6食分をタッパーに入れて実家に届けました。

すぐ食べる分だけを冷蔵庫に、残りは冷凍室へ。こうしておけば、私が行けない日でも、母は温めるだけで食べられます。

毎日届けようとしたら、たぶん私のほうが続きませんでした。 仕事もありますし、父のこともあります。

「毎日がんばる」のではなく、「続けられる形にする」。

結果的には、それが一番よかったように思います。

冷凍庫にお粥がある。それだけで、母も私も、両方が安心できたのだと思います。

ちなみに兄も、市販のお粥を買って届けていてくれました 笑

冷蔵庫に、お腹にやさしいものを切らさない

お粥だけでは飽きますし、栄養も足りません。実家に行くたびに、そのときの母が食べられそうなものを買い足して冷蔵庫に入れておきました。

  • 鮭フレーク(お粥に混ぜられる。少しの塩気があるだけで、ずいぶん食べやすくなります)
  • かぼちゃの炊いたの
  • 茶碗蒸し
  • 豆腐
  • プリン、ゼリー
  • そのほか、やわらかくて食べやすいもの

実家に寄ると、まず冷蔵庫を開けて「まだ食べるものあるかな?」と確認するのが習慣になりました。

「食べるものがない」という状態を作らない。 これを一番に考えました。

食べたいと思ったときに、手を伸ばせば何かある。回復していく時期には、それだけでも安心につながるのだと思います。

冷蔵庫を開けて、驚いたこと

毎日のように冷蔵庫を開けているうちに、もうひとつ気づいたことがありました。

期限の切れたものが、たくさん入っていたのです。

母を責める気にはなれませんでした。賞味期限の文字は、とても小さいのです。あの小さな数字を、毎回確認するのは大変だと思います。

しかも、体調が悪ければなおさらです。買い物に行って、冷蔵庫に入れて、それだけで精一杯だったのだろうと思います。

それからは、実家に行ったときに冷蔵庫の中をざっと見るようにしました。奥のほうまで手を入れて、期限を確かめて、古いものは声をかけてから処分する。

高齢の親御さんのお宅なら、どこでも起きていることだと思います。お腹をこわしてからでは遅いので、たまに開けてみてください。

食事のことは、必ず主治医に確認を

ここで、あえて慎重に書きますね

退院後にいつから何を食べていいかは、病状によって違います。

「もう普通に食べていいですよ」と言われる方もいれば、しばらく段階を踏む方もいます。食物繊維をいつからどのくらい戻していくかも、その人の状態次第です。

母のときも、私は病院からの説明と、母の様子を見ながら、少しずつ戻していきました。自己判断で「これくらいならいいだろう」と進めなかったことは、よかったと思っています。

ネットには食事の情報がたくさんあります。でも、あなたのご家族に当てはまるかどうかは別です。退院のときに、遠慮せずこう聞いてください。

  • いつから、どんなものを食べていいですか
  • 気をつけたほうがいいものはありますか
  • どうなったら受診したらいいですか

聞いておくと、家に帰ってから迷いません。 これは看護師としても、娘としても実感したことです。


高齢の親が入院するとき、私が心配したこと

診断がついて、入院が決まって。ほっとした一方で、私にはもう一つの心配がありました。

入院がきっかけで、母がボケてしまわないだろうか。

看護師として、何度も見てきた光景でした。

高齢の方が入院すると、慣れない環境、点滴の管、昼夜の分からない病室、家族のいない時間。それらが重なって、せん妄(一時的に混乱した状態になること)を起こすことがあります。

そして、ベッドで寝ている時間が長くなると、あっという間に足腰が弱ります。 入院前は歩けていた方が、退院するときには歩けなくなっている。そういうことが、本当にあるのです。

母は90歳の父を支えている人です。母が弱ったら、家が回らなくなる。

だから、そこが一番の心配でした。

でも、母は母で闘っていました

退院してから聞いた話です。

母は、入院中こう思っていたそうです。

「ここでボケたら大変や」

そう思って、ベッドの上で手足を動かしたり、できるだけ自分で起き上がってトイレに行ったり、自分なりに頑張っていたというのです。

私は驚きました。同時に、少し恥ずかしくもなりました。

私は「母がボケないか」と心配する側にいたつもりでした。でも母はとっくに、自分でそれを分かっていて、自分で対処していたのです。

心配される側にも、その人の意思がある。

看護師として何年もやってきて、いまさら教えられた気がしました。

そして母は、こうも言っていました。

「毎日、顔見せに来てくれたやろ。あれが嬉しかったわ」

面会は、兄と交代で毎日行きました。父のこともあるので、二人で分担しなければ回りませんでした。ばたばたしていて、ゆっくり話せた日ばかりではありません。

それでも、顔を出すこと自体に意味があったのだと知りました。


痛みを、我慢しすぎないでください

母は痛みに強い人でした。だから1か月我慢しました。そして私は、気づけませんでした。

まず前提として、お腹の痛みの原因は、憩室炎だけではありません。 症状だけで見分けることはできませんし、この記事を読んで自己判断してほしくはありません。

そのうえで、看護師としてお伝えしたいことがあります。

高齢の方は、痛みの訴えが弱いことがあります。

若い方なら「痛い!」となるような状態でも、「ちょっと重たい感じ」「なんとなくしんどい」くらいの言い方になることがあります。熱があまり出ないこともあります。

訴えの強さと、体の中で起きていることの重さは、必ずしも比例しません。 ここは、母を見ていて改めて思ったところです。

こんなときは、早めに相談を

  • 痛みが何日も続いている、または繰り返している
  • 痛みがだんだん強くなっている
  • がある
  • 吐き気があって食べられない、水分がとれない
  • お腹を押して、手を離すときに響くように痛い
  • 血便が出た
  • 顔色が悪い、ぐったりしている、いつもと様子が違う

迷ったときは、早めに相談するほうがいいと思います。「大したことなかったね」で済めば、それが一番です。

「様子を見る」は、何もしないことではありません

これは、看護師としてのお願いです。

「もう少し様子を見ましょう」となったときは、書き留めておいてください。

  • いつから痛いのか
  • どこが痛いのか
  • 痛みは強くなっていないか
  • 熱はあるか
  • 食事や水分はとれているか
  • 便は出ているか

これが「様子を見る」ということです。そして受診したとき、その記録がそのまま医師への情報になります。

高齢の方はご自身で経過を説明するのが難しいこともあります。そばにいる家族のメモが、診断の助けになることは本当にあります。


「変わりない?」では、届かなかった

ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。

母は1か月、お腹が痛かった。私は毎日電話していた。それなのに、気づけなかった。

どうしてだろう、とずっと考えていました。

思い当たったのは、私の聞き方でした。

私はいつも、こう聞いていたのです。

「変わりない?」

すると母は、こう答えます。

「変わりないよ」

——お腹が痛いのに、です。

母は嘘をついたわけではないと思います。「変わりない?」と聞かれたら、「変わりないよ」と答えてしまう。 そういう質問だったのです。

今は、聞き方を変えました。

  • 「ごはん、ちゃんと食べられてる?」
  • 「昨日はよう眠れた?」
  • 「どこか痛いとこ、ない?」

具体的に聞くと、具体的に返ってきます。

「そういえば、ちょっとお腹がなぁ」——この「そういえば」が出てくるかどうか。そこが分かれ道なのだと思います。


おわりに

母は無事に退院しました。今はまた、父のごはんを作っています。

今回のことで、私が持ち帰ったものは4つあります。

1つめ。 看護師でも、自分の親のことは分からない。毎日電話していても、気づけないことはある。だから、聞き方を変える。

2つめ。 休日の受診は、平日とは体制が違う。慌てる前に、かかりつけの休日体制を知っておく。

3つめ。 大変なのは入院中だけではない。退院してからの食事まで含めて「介護」だった。2日に1回のお粥と冷凍のストック、冷蔵庫の買い足し、配食を毎日に切り替えたこと。毎日やろうとしなかったことが、かえって続けるコツだったように思います。

4つめ。 母は、自分でちゃんと闘っていた。心配される側にも、その人の意思がある。

「もっと早く受診できていたら」

その気持ちは、正直、今も少しあります。でもそれを抱えたまま次に活かすことが、たぶん私にできる唯一のことなのだと思っています。

もし今、離れて暮らす親御さんのことが少し気になっている方がいたら。

今日、電話してみてください。「変わりない?」ではなく、「どこか痛いとこない?」と。


※この記事は、母の実際の経験と、看護師としての経験をもとに書いています。大腸憩室炎の症状や治療方法、退院後の食事などは病状によって異なります。また、腹痛にはさまざまな原因があります。気になる症状があるときは自己判断せず、医療機関にご相談ください。

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