認知症の父に怒鳴ってしまった——後悔と、それでも続ける在宅介護

👴 父の認知症

実家の屋外防犯カメラのソーラーパネルが、うまく充電できていない。

カーポートの下では日光が当たりにくいのかもしれない。結束バンドを買って、脚立に登って、もっと光が入る場所に付け替える作業をしていた。休みの日を使って、さあやるぞと気合いを入れていた。

そこへお父さんがやってきた。

「手伝えることがあったらするよ」

「ドライバー持ってきて」と頼んだら、しばらくして戻ってきた。手に持っていたのは、工具箱。中にはニッパーやネジがぎっしり入っていた。

「違うやん」

また作業に戻っていたら、今度はもっと背の高い脚立を持ってきた。「こっちの方がいいんじゃないか」って。そして脚立のそばに立って、両手でしっかり支えてくれていた。

頭ではわかってた。一生懸命、何かできることを探してくれてるって。

でも私はイライラして、「お父さん、もう向こう行っといて」と強い口調で言ってしまった。


ガラガラ扉から、顔だけ覗かせて

「向こう行っといて」と言った瞬間、しまった、と思った。でも言葉は戻らない。

脚立の上で作業を続けながら、頭の中がぐるぐるしていた。お父さんは悪くない。ドライバーが分からなくて、工具箱を丸ごと持ってきた。脚立だって、支えてくれていた。娘のためにできることをしようと、ずっと動いていた。それなのに私は、追い払った。

しばらくして、ふと玄関の方を見たら——ガラガラ扉から顔だけ覗かせて、こっちをじっと見ていた。何も言わずに、ただ見ていた。

その顔を見た瞬間、胸がぎゅっとなった。追い払われても、それでもそばにいたかったんだ。作業を続ける手が止まった。

謝りに行けばよかった。でもなんとなく気まずくて、「もう少ししたら」と思いながら作業を続けた。その「もう少し」は、結局来なかった。

作業が終わって家に入ったとき、お父さんはテレビを見ていた。何事もなかったような顔で。そっちの方が、余計に胸に刺さった。


お父さんは、こういうことが得意だった

お父さんは昔から、こういう作業が得意だった。家のあちこち、壊れたものをいつも直してきてくれた。棚が傾けば直してくれた。水道の蛇口が緩めば締めてくれた。「お父さんに頼めば大丈夫」という安心感が、ずっとあった。頼りになるお父さんだった。

その人が今日、ドライバーの名前がわからなくても、工具箱を丸ごと持ってきてくれた。

できることをしようとしてくれていた。名前が出てこなくても、体は覚えていた。「娘のために何かしたい」という気持ちは、ちゃんとそこにあった。

邪魔なんかじゃなかった。ずっと私のそばにいたかっただけだった。


介護している側が、いちばんしんどくなる瞬間

介護をしていると、こういう瞬間がある。

相手が悪いわけじゃない。自分だって怒りたいわけじゃない。でも疲れていたり、余裕がなかったりすると、つい強い言葉が出てしまう。そのたびに後悔して、自己嫌悪になる。

看護師として、患者さんやご家族に「介護は無理しないで」と言ってきた。でも自分がいざその立場になると、こんなにも難しい。頭でわかっていても、感情はついてこない。それが介護の、正直なところだと思う。

完璧な介護なんてない。イライラすることも、言葉がきつくなることも、きっと誰にでもある。大事なのはそのあと、自分がどう向き合うかだと思っている。でもそれが分かっていても、後悔は消えない。消えないから、また明日、少しだけ優しくしようと思える。その繰り返しのような気がする。

自分を責めすぎないでほしい、と誰かに言いたい。でも今日は、まず自分に言い聞かせている。


お父さん、ごめんね。

あの日、工具箱を持ってきてくれたこと、脚立を支えてくれていたこと、ちゃんと覚えてるよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました