「なんで分からないんだろう」と思っていた私が、今まったく同じことをやっていた。
介護をしている人なら、一度は感じたことがあるかもしれません。頭では分かっている。でもどこかで、「まだ大丈夫」と思っていたい自分がいる。今日は、そのことを書こうと思います。
病棟で働いていたころの話
上司のお父さんが、かつて私が働いていた病棟に入院してきたことがありました。その上司は、どちらかというと自分に甘く他人に厳しいタイプで、仕事のことで理不尽だと感じることも正直ありました。
でも、お父さんのこととなると、まったく別の顔になりました。
センサーマットが必要なほど夜中に動き回る。帰ろうとする。突然怒り出す。私たちから見れば、認知症の症状は明らかでした。ただ、厄介なことがひとつありました。上司が面会に来ると、お父さんはわりと落ち着いていた。怒ることもなく、ふつうに話していた。
だから上司には、どうしても伝わらない。「そんなはずはない」という空気が、ずっと漂っていました。
スタッフみんな、しんどかった
上司のお父さんだから、強くは言えない。見て見ぬふりをするわけでもないけれど、どこかぎこちなくなる。夜中に動き回ったこと、帰ろうとして転倒しかけたこと、突然怒り出した場面——本来なら記録に残すべき出来事が起きても、上司への遠慮がスタッフ全員の手を止めていました。「今日もしんどいね」と、こっそり言い合うだけで。
「なんで分からないんだろう。」
そう思いながら、ふと気づきました。
カルテには、書かれなかった
後から振り返ると、その期間のカルテにはほとんど何も書かれていませんでした。夜間の行動も、転倒しかけた場面も、記録として残っていない。書けなかったのです。
記録されなければ、引き継ぎもできない。医師への報告もできない。家族への説明の根拠もなくなる。看護の基本として、あってはならないことです。でも誰も、書き出せなかった。
私はお父さんのプライマリーナースだったので、最終的には起きたことをカルテに記録して、上司にも直接伝えました。でも、反応は思っていたより軽かった。
それも今思えば、理由がわかる気がします。お父さんはADLが自立していた。着替えも、食事も、トイレも、自分でできていた。だから家族の目には「できている父」が映る。夜中に何度も起き上がることも、帰ろうとすることも、「そんなに深刻なことなのか」と思えてしまう。認知症の進行は、できないことだけで測れないのに。
私だって、同じだった
私だって、父のことを「まだ大丈夫」と思っている。頭では分かっていても、どこかでそう思っていたい自分がいる。だから久しぶりに父の様子を見て、「あれ、前よりひどくなってる」とショックを受ける。そしてまた少し経つと、「大丈夫」に戻っていく。
結局、上司のお父さんは自宅に退院されましたが、数ヶ月後に施設に入ったと聞きました。上司を責めているわけじゃない。それだけ在宅での介護は、難しいということです。
あのとき「なんで分からないんだろう」と思っていた私が、今まったく同じことをやっている。それに気づいたとき、上司を責める気持ちは、すっと消えました。
人は、見たいものしか見えない。特に、大切な人のことは。
それは弱さじゃないと、今は思っています。認めたくない気持ちも、「まだ大丈夫」と思いたい気持ちも、全部ひっくるめて、それが親を大切に思う気持ちの裏側なのかもしれない。
あの上司も、きっとそうだったんだと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございます。介護をしながら「なんで分からないんだろう」と感じたことがある方に、この記事が届いたらうれしいです。


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